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青森地方裁判所 昭和24年(行)13号 判決 1955年6月15日

原告 乗上喜一郎

被告 青森県知事

主文

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

原告は「別紙目録記載土地につき、田子町農地委員会が、これを原告に売渡す旨の決定に対し、青森県農地委員会の昭和二十四年二月二十六日、これを取消す旨の裁決はこれを取消す。」との判決を求め、被告は主文同旨の判決を求めた。

第二、当事者間に争いのない事実

一、本件農地はもと不在地主乗上喜三郎の所有であつて、山本徳次郎がこれを賃借耕作してきたが、昭和二十二年三月からは原告において耕作してきたところ、田子町農地委員会は、山本徳次郎の請求により、旧自作農創設特別措置法(以下単に自創法と称する。)第六条の二、同第三条第一項第一号の規定にもとずき、昭和二十年十一月二十三日現在の事実にもとずいて、昭和二十三年六月二十五日農地買収計画を定め、その頃適法な公告並に関係書類の縦覧手続をなし、所有者たる乗上喜三郎から異議申立あり、これに対する決定を経た上、青森県知事は昭和二十四年四月九日右乗上喜三郎に対し買収令書を交付し、右買収処分は完了確定した。

二、しかして、田子町農地委員会は昭和二十三年十二月十八日本件農地の売渡計画を定め、その売渡の相手方を昭和二十年十一月二十三日現在の耕作者たる山本徳次郎とせず、買収計画が定められた時期における耕作者たる原告と決定したので、右山本徳次郎はこれを不服として昭和二十三年十二月二十五日付をもつて被告(当時、青森県農地委員会。以下同じ。)に対し訴願を提起したところ、被告は昭和二十四年二月二十六日、田子町農地委員会のなした前記決定を取消す旨裁決した。

(そこで、田子町農地委員会は、あらためて、昭和二十四年三月二十九日、耕作者たる山本徳次郎を売渡の相手方とする本件農地に関する売渡計画を定め、青森県知事は昭和二十五年中に山本徳次郎に対し売渡通知書を交付し、さらに、昭和二十七年七月二十九日付をもつて登記嘱託手続をなし、本件土地に関する農地売渡処分は完了した。)

第三、争点

一、原告が、本件農地の売渡の相手方を原告とした田子町農地委員会の決定を取消した被告の裁決を違法とする事由は次のとおりである。

(一)  山本徳次郎は田子町農業委員会が本件農地を原告に売渡す旨を決定したことにつき訴願を提起すべき当事者適格を欠くものである。従つて不適法な訴願につき、これを容認した裁決はそれ自体不適法であるから、取消されるべきである。

(二)  本件農地は、もと山本徳次郎が所有者乗上喜三郎から賃借耕作していたものであるが、昭和二十一年十月右乗上喜三郎は同人と話合いのうえ、右山本に対し、喜三郎の所有し山本の小作する三戸郡田子町大字衣更字衣更上平四十三番一、田一反三畝五歩を無償で譲渡するほか、離作料一万円を贈与する約で、本件農地に関する賃貸借契約を合意解約して、これが返還を受け、青森県知事に対し右解約についての許可申請をなすことに合意した。そこで原告は昭和二十二年以来原告の父である乗上喜三郎より右農地を無償貸与を受けた上耕作し来つたものである。

しかるに、徳次郎は前約を飜して喜三郎の右贈与の履行の提供を受けず、かえつて自創法第六条の二にもとずき本件農地の買収方を請求し、その結果前述のような経緯をたどり右買収処分は確定するに至つたものである。かような場合においては、その売渡の相手方は買収計画を定める当時に本件農地を耕作している者(原告)と定めるのが相当であり、田子町農地委員会がその旨を定めたのはもとより正当であるにもかゝわらず、これをくつがえし、その売渡の相手方から原告を除外した被告の裁決は違法たるを免れない。

二、被告は原告の主張を否認し、次のように主張した。

本件農地の正当な耕作権者は山本徳次郎であつて原告ではない。山本徳次郎は本件農地を四十数年前から昭和二十二年三月原告により実力をもつてその占有を奪われるまで(合意の上所有者乗上喜三郎に返還したものではない。)引続き賃借耕作し来つたものである。

よつて、右徳次郎が昭和二十二年七月三十日田子町農地委員会に対し、いわゆる遡及買収方を請求したところ、同委員会は昭和二十三年六月二十五日これが農地買収計画を定めたが前述のとおりの異議、訴願の手続を経て、結局、本件農地売渡の相手方を昭和二十年十一月二十三日現在において右農地につき耕作の業務を営んでいた小作農であり、かつ、昭和二十三年八月七日、その買受申込をした山本徳次郎と定めたものであつて、この間、原告主張のような違法は存しないから原告の主張はいずれもその理由がない。

第四、証拠<省略>

理由

一、田子町農地委員会が本件農地につき、山本徳次郎の請求により昭和二十三年六月二十五日、同二十年十一月二十三日現在の事実に遡及して買収計画を定めたが、その売渡計画においてはその売渡の相手方を山本徳次郎とせず、買収計画を定めた当時における本件農地の耕作者たる原告としたので、右徳次郎から異議訴願の申立があり、結局、昭和二十四年二月二十六日、被告において右売渡計画を取消す旨の裁決をなすに至つた経緯については当事者間に争がない。

よつて、以下、原告の本件裁決を違法とする主張について判断する。

二、山本徳次郎は本件土地についての訴願を提起する適格を有しないとの主張についてみるに、その成立に争いのない甲第一号証の記載並に証人佐藤寿男の証言によれば本件農地に関しては山本徳次郎は自創法第十七条に定める買受申込をしていることが認められる。果してしからば、右山本は同法第十九条によつて異議申立並に訴願を提起することができるのであるから、この点に関する原告の主張はなんら理由がない。

三、原告が買収計画を定めた時期において当該農地に就き耕作の業務を営む小作農であるから、これを無視した被告の裁決は違法であるとする主張についてこれをみるに、市町村農業委員会が自創法第六条の二の規定により農地買収計画を定めた場合にあつてはその農地売渡計画における売渡の相手方は昭和二十年十一月二十三日現在において当該農地に就き耕作の業務を営む小作農で、かつ自作農として農業に精進する見込のあるものを第一順位とすべきであつて、右の者を売渡の相手方と定めることが適当でない場合において、始めて県農業委員会の承認の下に買収の時期における小作農(本件の場合、買収計画が定められた時期における小作農と同一である。)を売渡の相手方となしうるところ、本件農地に関する買収計画が自創法第六条の二によつて定められたものであること、並に、昭和二十年十一月二十三日現在において本件農地に就き耕作の業務を営んでいた小作農が山本徳次郎であることは当事者間に争いのない事実であるから山本徳次郎が本件農地に関し第一順位の売渡の相手方であるべきことは明らかである。

しかして、右第一順位のものが売渡の相手方として適当でないかどうかについては一に当該農業委員会の裁量にまつべきも、これを例えば、自作農として農業に精進する見込のないもの、若しくは格段の事情により当該農地を荒廃に帰せしむる虞れあるものの如き場合に限られるべきであることは言を俟たない。しかるに、右徳次郎は自作農として農業に精進する見込のあるものであることはその弁論の全趣旨において当事者間異論のないところであり、また、原告主張の喜三郎、徳次郎間の本件農地返還契約成立の如きは(その成否はしばらく措き)第一順位者たる徳次郎を本件農地売渡の相手方から除外すべき前記いずれの事由にも該当しないことは論ずるまでもない。

その他、原告主張の事実はすべて本件農地買収計画の瑕疵を主張するにあるならば格別、山本徳次郎が本件農地の売渡の相手方として不適当であるとの理由には該当しない。

よつて原告の主張はいずれの点よりするもその理由がないことに帰するので、その請求を棄却するものとし、なお、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 工藤健作 中島誠二 田倉整)

(目録省略)

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